氷写真が生まれるまで
氷写真の構想自体は、かなり前からあった。船員として働いていた頃、煙草を吸いながら故郷のことを考えていた。
Googleフォトに残っていた昔の写真は、いつの間にか昔の写真とは思えないほど鮮明だった。そこにはもう僕が求めていた郷愁のにおいがしなかった。
心の中にあった故郷は、もっと美しかった気がする。きっと、記憶の中で美化されていたのだ。
地元・北海道で当たり前のように存在していた氷や雪を使って、時間とともに風化していく写真を作ろう。 そう考えて、当時の写真仲間にこのアイデアを話した。
「何を馬鹿なことを言っているんだ」
「そんなことをして何になる」
今でも、その言葉は鮮明に覚えている。
それでもやってみようと既存の技術を探した。
当時の僕は印刷というものは、今やほとんど何にでもできるものだと思っていた。
けれど現実はまったく違った。
写真として成立するほど高精細に氷へ画像を定着させる方法は見つからなかった。
ならば、自分で作るしかない。
幼い頃、薄氷越しに見た世界をいつか写真にできるかもしれない。
そう考えて制作を始めた。
そこからは、地獄のような失敗の連続だった。
写真とは関係のない分野の技術を取り入れ、やったこともない電気工作にも手を出した。確実に数千回は失敗したと思う。
2024年、北海道へ旅行することになった。
その日、偶然雪が降り始めた。 その瞬間、何かを思い出した。
思い出すということは、写真になった死んだ記憶を見ることではない。
東京へ戻り、僕は自宅の冷凍庫と向き合い続けた。
何度も失敗し、何度も痛い目に遭った。 満足に眠れない日がほとんどだった。
そんなある日、冷凍庫の奥で写真が定着した氷を見つけた。
今思えば精度も諧調も決して優れてはいなかった。
それでもその氷を見たとき、
氷越しに未来が見えた気がした。


